月別アーカイブ: 2014年8月

今日もプール遊びに…

今日もファミリーでプール遊びに子どもたちが来ています。幼稚園の職員は面倒を見ることはできませんが、保護者同伴ということで幼稚園のプールを開放しています。いい雰囲気です。子どもたちにとっていちばん嬉しいことは…誰かが「共にいてくれる」ことです。共にいること…それだけで、そしてそれがいちばん嬉しいと思っている…と思っています。「いつも一緒だよ」ということが子どもたちの信頼の心を育てます。「愛されてるっ!」ってことです。このことが他のどんなことより大切なことです。自分は大切にされている…言葉だけでなく、実際に一緒にいることでそれを感じ、安心します。その体験を持つ子どもたちは他人を大切にすることも身に付けていきます。

戻ってきて…元気です!

「うんどうかい、たのしかったぁ〜」という声を何度も聞くことができました。みんな久しぶりに園に戻って来て…元気です。足腰が一段と強くなったように見えます。ニコニコ顔もすてきで元気をもらいます。今日も朝の体操、運動を楽しんでやってました。

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ウソばっかり…。

ウソばっかり…。こんな社会で子どもがしっかりした大人に育つのだろうか?

「食材偽装」…相変わらず、騙し合い、ウソの世界…。ウソや騙したことがわかると謝罪。わからないと…そのまま…。わかってしまうまで。わかったら辞職し、辞任する。それで終わり、と思ってる。恥も外聞もない。エリートを目指し、エリートと呼ばれることを求め、騙したり、ウソをついたりしてその「地位」を得るが、真実がわかればすべてが崩れる。変な社会。結局は「お金」でしょ。頭を下げる「お偉いさま」を見るたびに…この方々の幼児期はどうだったんだろう…。その後に受けた教育は…と思ってしまう。

10年先、20年先、30年先…を見据えた教育、保育。いつの時代にも変わらない「真実」…。普遍的なこと。本物を大切にした保育をしたい。改めて決意を新たにするこの頃です。

目先のことにとらわれずに…。もっと大人がしっかりしなくちゃ! 「お金がすべて」でないことにいいかげんに気づかなければ…。どんどん不幸になっていく…。知らず知らずのうちに…。

道徳教育

小学校の道徳教育が云々されているが…。幼稚園では、やることすべてが「道徳」の教育のようなもの。ここで、人間の、人間としての土台がしっかりと築かれます。ありがとう。ごめんなさい。人への、自然への思いやり…。でも、小学校では、その土台をさらに固める教育がなされないと…幼稚園だけでは土台は出来上がりません。幼児期に、その土台さえ据えることができてなかったら…。後はどうなるんでしょうね…? 今のたくさんの「だまし事件」「ごまかし事件」は人間の土台がなってないところから来ているものです。

「食べる」こと…。

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成長に欠かすことのできない大切なこと。「食べる」こと。何を食べるかも、とても大事なことですが、どのように食べるかも無視できません。お腹がすいているから、何かをお腹に入れて満たされればそれでいいということではありません。すべてに大切なプロセスがあります。食べたものが胃に届くまで、そしてさらに腸を通って排泄されるまで、すべてが成長に欠かすことができない大切なプロセスなのです。

口に入った食べ物。よく噛んでいるうちに唾液が出ます。唾液にはさまざまな優れた働きがあります。消化を助ける酵素があります。抗菌の酵素もあります。菌を集めて口の外に出します。いろんな味…甘味・酸味・塩味・苦味・うま味…などは食べ物に含まれる味物質が唾液に溶かされて、舌で味を感じること(味覚)ができるのです。よく噛まないで早く呑み込んでしまうことは、このように人間が持っている素晴らしい能力を使わない「もったいない」ことなのです。

食べるときだけでなく、おしゃべりするときにも唾液は出ます。口を大きく開けてハッキリ会話したり、唇や舌がダイナミックに動くことで唾液がたくさん出ます。唾液は口の中を清潔に保ちます。また、カルシウムやミネラルを補充したり修復する働きもあり、虫歯を予防します。

人は自分の能力を使うことに喜びを感じます。たとえそれが無意識のうちに行われるとしても、心の底で「幸せ」を感じています。よく噛んでゆっくり食べることは人の成長を助け、うれしく楽しい人生を送ることにも役立っているのです。

年長(A)「おとまりかい」を終えて

幼稚園の行事は日頃の保育の成果を見るとき。行事をすることが目的ではありません。保育者は子どもたちと一緒に「生活」しながら、日頃の保育や教育がどのくらい子どもたちの身に付いているかを観察します。教育の目的は「生きる」ことにあります。とくに幼児期の教育は一人ひとりの子どもがこれから豊かな人生を送るための土台作りになります。心(精神力)と身体(体力)そして知識(知力)を育て、鍛えます。生きるために必要なこれらの力の土台を据えるのです。この土台がしっかりできていなければ、あとで子どもたち自身が苦労することになります。そして周りも…。

カトリック幼稚園の「カトリック」とは「普遍的」という意味です。つまり、いつの時代も変わらない大切なことを保育の中心に置きます。ブームや「はやり:流行」には囚われません。ですから園でやっていることは一見「地味」に見えるかもしれません。それでいいのです。それが大切なのです。「地味」は「ちみ」とも呼ばれ《土壌のよしあし》の意味もあります。まさに「地の味」「土台の味」なのです。本質的なことがらなのです。一人ひとりの子どものこれからの人生を支える大切な教育…それが幼稚園の教育なのです。

しっかりとした土台に支えられている子どもたちの言動は「地味」ではなく、華やかです。喜びです。感動です。そして、それを見るわたしたち大人に希望と勇気の力を与えてくれます。これが保育、教育そして子育ての喜びになります。《子育て支援》の本当の意味はここにあります。子育てを支援することは、子育てを楽にすることではなく、その苦労を支える手だてをしていくことです。大人の都合に子どもを合わせることではなくて、子どもの都合に大人が合わせていくことなのです。

目先のことにとらわれて、本当に大切なことがおろそかにされている今の風潮を心配しています。子どもの真の成長に必要なことをしっかりと見極め、成長の手助けができたら…といつも考えています。子どもの育ちに必要なこと、それは、「かかわり」であり「ことば」であり、そして「抱きしめる」ことなのです。それには「お金」はかかりません。ただその「時」を共有すればいいのです。そのとき、子どもは心の深いところで平和な「安心」を感じることができるのです。そうして「成長」していくのです。

《小郡カトリック幼稚園は、キリスト教(カトリック)の愛の精神に基づいて一人ひとりの命を大切にし、幼児の成長発達段階に応じた手助けをすることによって、円満な人格形成と自立を目指す保育します》

これが当園の保育教育方針です。

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年長(A)おとまりかい10:朝のおいのり

7がつ19にち(どようび)。きしょうの予定時間は6時。でも、もう五時半からみんな起き出して…「おはようございます」。洗面をすませてみんなで教会に行きました。聖堂で朝のおいのりをするためです。園長せんせいは神父さまでもあるので、朝のお祈りは神父さまのリードで進められました。おうちの方も20人ほど来てくださって聖堂の二階で一緒にお祈りしてくださいました。

ミサというお祈りをしました。ミサのお祈りは二部に分かれていて、第一部は聖書で伝えられている神さまの言葉を聴きます。初めて聴くお話しだったと思いますが、みんなよく聴いていました。おともだちが上手に読んでくれたのでイエスさまの思いがよく伝わったと思います。

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続いて神父さまが今聴いた「かみさまからの おてがみ」を説明してくださいました。神さまは子どもたちがだいすきです。大人も子どもを見習わなければいけません。子どもたちは喜んで自信をもったと思います。

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続いてミサのお祈りの第二部の説明を聞きました。イエスさまは十字架に付けられて亡くなられる前の晩にお弟子さんたちとパンとぶどう酒で「最後の晩さん=別れの食事」をしました。その時に「とって食べなさい。これは私です。殺されて死んでも、いつもわたしは一緒にいます。それを思い出すためにずっと続けてください」と言われました。第二部はその別れの食事を繰り返します。真ん中にある大きな台は「祭壇」と言いますが、食事をするテーブルのようなものです。この祭壇で第二部の別れの食事の記念が行われます。

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《神さま、わたしたちは今ここに集まって、この世界にある太陽と星、大空と大地、水と火、土や石など、すべての美しいものとともに、あなたからいただいた幸せを感謝します。森や林、野の草や花、地球に住む人間や動物など、すべてのいのちを感謝します。

神さま、あなたはわたしたちのことをいつも心にかけ、ご自分の大切な子ども、主イエスを、わたしたちのところへ送ってくださいました。主イエスを送って、わたしたちを救い、幸せにしてくださったことを、感謝します。

主イエスは、神さまがみんなの善いお父さんであることを教えてくださいました。神さま、わたしたちは主イエスといっしょに、神さまの子どもの心でお祈りし、あなたをたたえ、あなたに感謝します。

主イエスは、小さい子どもを抱いて祝福し、貧しい人を世話し、病人をいやし、悲しむ人びとともに涙を流してくださいました。

また、罪びとをゆるし、わたしたちもお互いにゆるし合うようにと教えてくださいました。主イエスがどんな時でもいっしょにいて、励まし、助けてくださることを感謝します。わたしたちは声を合わせて歌います、天使とすべての聖人とともに、あなたの栄光をたたえて。》

ミサの間に子どもたちは三つの「聖歌」を歌いました。まさに「天使の歌声」。その澄んだ声をみなさんにも聞いてもらいたかったです。子どもたちは素晴らしいです。ミサの終わりに子どもたち一人ひとりの頭に手を置いて祝福しました。子どもたちの笑顔が最高でした。心から満足した表情が印象的でした。ミサに参加してくださったお家の方も「感動しました」と感想を言ってくださいました。

聖堂は日中はいつも開いています。いつでも、どなたでも自由に入ることができます。とても静かでいい空間です。親子一緒に座って静かに祈ると、心の中から力がわいてきます。幼稚園に来られた時は、ぜひお寄りください。

ミサが終わってから園庭で体操をしてから手を洗い、朝食をいただきました。

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